できない、のではなく、しない [講孟余話]

講孟余話 第1巻 梁恵王 上 7章(3)

この章の最後のテーマとして、
この章の松陰のさっ記での解説を見てみたいと思います。
孟子の一番の力説部分であり、
この章の松陰のさっ記での解説も凄味があります。

まず、この章を受け、松陰は実際自分ならば今の時世においてどうする、
ということを幾つか述べています。

「民の生活の道を立て、不幸な孤独者を優先にし、
 貧しいものを救い病む者に目をかけ、幼いものを育てる、という政治を起こし、
 学校教育を重視するなどの問題に最も関心を持っている」

「今、一国の政治を担っている重臣が、自国のみでなく天下全体を兼ねて良くしようとする
 至誠の志を立て、天下中を抱きかかえる広い度量を持って、
 まず胸襟を開いて天下の人物をわが萩の城下町に召集し、
 技芸があるもの、才能があるもの、学識があるものを全員包容するならば、
 3年か5年を出ぬうちに萩城下の人材は天下に比べるものがないようになろう」

などというところです。

そして、重要なことは、孟子本文から抜粋し、
「これらは、できぬのでなく、なさぬのである」
としているところです。

孟子でも、仁政は、できないのではなく、なさないのです、
ということを、本文で比喩を多分に使い諭しています。
つまり、仁政の根本は家族をいたわる気持ちです。
泰山をわきに抱えて渤海を飛び越える、ことは、本当にできないことですが、
目上の人に敬意をもって頭を下げる、
ことは、できないのではなく、しない、のである、としています。

それを、しない、なさない、のは、
本当に仁政をしくべし、と思っていないからだ、ということで、
孟子は仁政の効果を再度述べています。


このことは、常にわれわれは、
多くのことにおいて自問しなければならないことです。
できないこと、と、本当はしたいと思っていないからやっていないこと、
が、多くの場合我々は同じにとらえています。
「できないんだよ」と。
しかし、本当にそうなのか?
必要だとは言いながら、しなければならない、といいながら、
できない、といっているとき、
それは、本当は、自分は必要だと思っていない、という時が多いのではないか、と思います。
これは、よくよく心しておかないと、
陥りやすいところではないでしょうか。
だからこそ、孟子は、さまざまな比喩や論説をもって、
王に、仁政こそが王の望み、各国の覇となる、に最善の道であることを改めて力説しています。


さて、この章の最後のさっ記には、松陰の強烈な思いが記載されています。
「恒産なくして恒心なし。ただ士のみよくするを為す」
という言葉を引き合いに、
自分は囚人であり、まさに恒産なし、の状態であるが、
我々は武士であり、士であるから、
不動の信念を持ち続ける、ということをし続けねばならない、としています。

「汝は汝たり、我は我たり、他人はなんとでも言え。 
 私は願わくは諸君と志を励まし、武士たるの道を極め、
 不動の信念を練り、もって我々の武道・武義をして、
 武士たるの名にそむくことなからしめようと思う。(中略)
 もしなし得ぬというものがあるならば、
 それはまた、なさないのであり、できないのではない」

と締めくくっています。

この言葉を獄中で聞いた人たちの、
心に響くところがどのようであったか、
まさに魂の炎、という感じです。


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